Anonymousは「ハッカー集団」なのか?

国内外を問わず、メディアの記事などでよく「ハッカー集団 Anonymous」という表現を目にしますが、彼らは果たして「ハッカー集団」と言えるのでしょうか? 実はこれ答えるのが非常に難しい質問です。私の回答は「Anonymousの対象範囲をどう見るかによって、その質問の答えは Yesにも Noにもなる。」です。ちょっとずるい答えですね。

一般的には(たとえば Wikipedia等では)、Anonymousとはインターネット・ミームの一つであり、つまり人から人へと伝わるアイデアや概念のことだと説明されます。しかし一方で、その概念を共有し賛同する人も Anonymous(あるいは Anon)と言われます。最近はどちらかというとこの「人」にフォーカスした使われかたが多いような気がします。

また Anonymousについて語られる時、対象範囲をどう見ているのか説明されないことが多いのですが、見る人によって実はまちまちだったりします。それが混乱の一因ではないかと思っています。


私自身もまだ理解できていない部分は多いのですが、これまでの歴史とともに簡単に説明してみようと思います。

2006年頃 Anonymous誕生?

画像掲示4chan.orgが最初にできたのは 2003年のことですが、Anonymousは 2006年頃にはすでに 4chanに生まれていたと言われています。しかしもっと前からだという人もいて、実際のところはよくわかりません*1。ある日突然誰かが「今日から Anonymousをはじめます!」と宣言したわけではないし、4chanで自然発生したカルチャーなので、はっきりいつからと明言するのは難しいのかもしれません。また、このあとに述べる反サイエントロジーの活動以降を Anonymousと捉える場合もあるようです。


(図1) 2006年頃の Anonymous

2008年頃 Chanology誕生

2008年になるとサイエントロジー(Scientology)の YouTubeビデオ騒ぎ*2をきっかけに、Project Chanologyと呼ばれる反サイエントロジーの活動が生まれました。当初は Fax/メール/電話によるいやがらせや DDoS攻撃なども行われましたが、のちに平和的な抗議デモ活動へとシフトしていきました。彼らはチャノロジー(Chanology)と呼ばれ、サイエントロジーに対する平和的な抗議活動を現在でも続けています。また日本で活動している人もいます。


2008年2月に世界中で起きた大規模な街頭デモのあとも、チャノロジーはそのまま活動を継続しましたが、その他多くの Anonymousは 4chanに戻っていきました*3。ここで Anonymousに最初の分裂が起きたわけですが、この区別はそれほど厳密なものでもありませんでした。


(図2) 2008年頃の Anonymous

2010年頃 AnonOps台頭

2010年の中頃からはじまった Operation Paybackは Anonymousの構造に大きな変化をもたらしました。The Pirates Bay(TPB)への攻撃に対する報復として始まったこの活動は、攻撃対象を次々と拡大していき、2010年末には WikiLeaksを支援する動きとして、WikiLeaksへの寄付受付を停止した企業に対しても DDoS攻撃を実施しました。これらの活動を通じて、彼らのコミュニケーション手段は 4chan.orgの掲示板から IRCへと移行していきました。それぞれのオペレーションは専用のIRCチャネルで行われるようになり、複数の IRCサーバによるネットワークが構成されました。これらは AnonOpsと呼ばれ、またそこで活動しているグループも AnonOpsと呼ばれています。
一方、チャノロジーも別の IRCサーバを立ち上げてコミュニケーションを行うようになりました。こちらは AnonNetと呼ばれています。AnonOpsとAnonNet(Chanology)は Anonymousにおける2大勢力と言えます。それぞれ活動内容は全く異なりますが、両方の活動に参加している Anonもいるようです。またチャノロジーとして長く活動していた Anonが AnonOpsに移ることもあるようです。


(図3) 2010年頃の Anonymous

2011年 AntiSecスタート

2011年になると Anonymousの活動はさらに活発になっていきました。チュニジアやエジプトなどアラブ諸国における革命運動への支援、SonyへのDDoS攻撃など、大小様々なオペレーションが常時10-15くらい並行して実施されるような状況が続いています。

2011年の5月になると LulzSecが活動をはじめました。彼らは2月に HBGary Federalへの侵入事件を主導した複数の Anonymousが中心となって結成されたグループです。また彼らは AnonOpsの IRCオペレータでもありました。LulzSecは活動開始から50日間で表立った活動は終了してしまいましたが、各メンバーはその後も Anonymousとして活動しています。

LulzSecは活動の終盤に Anonymousとの共闘作戦 Operation Anti-Security(#AntiSec)を開始しました。彼らは世界中のハッカー達に活動への参加を呼び掛けました。その結果、世界中の主に政府系の多数のサイトが攻撃を受ける事態となりました。この活動は現在も継続しています。


(図4) 2011年現在の Anonymous (HGはハッカーグループ、Opはオペレーションの略)

Anonymousとは…?

さてこれまでの経緯と現在の状況を概観したうえで、「Anonymousの対象範囲をどう捉えるか」という最初の話に戻ります。現時点において、おそらく最も一般的な捉え方は、2010年時点の Anonymousだと思います。つまり AnonNet(Chanology)と AnonOpsの2大勢力から構成される Anonymousです。
しかし、メディアの露出が多いのは当然ながら多数の事件を起こしている AnonOpsが中心です。また AntiSecの活動も全て Anonymousによるものとして捉えられている場合もあります(Anonymousが中心になっていることは間違いないですが)。

また AnonOpsの活動に参加している人も様々です。その中にはいわゆるハッカー*4と呼ばれる人もいますが、全体から見ると少数だと思われます。多数のサイトへの DDoS攻撃や侵入して情報を漏洩する攻撃などから、メディア等では「ハッカー集団」と見られているのでしょう。DDoS攻撃への参加者は数十人から多いときには数百人にのぼることもありますが、単にツールを実行するだけでも攻撃に参加できるため、必ずしも高いスキルは必要ありません。またサイトへの侵入を行っているのはごく一部のメンバーだと思います。そのため Anonymousを「ハッカー集団」と呼ぶのは、やや狭い捉え方だと言えます。

Anonymous自身が語る Anonymous

最後に Anonymous自身がこれまで自分達をどう語っているのか、いくつか紹介したいと思います。


まずは、2008年のサイエントロジーへのメッセージの中ではこのように言っています。

Call to Action
アノニマス→サイエントロジーへの第二の声明 - YouTube (日本語訳)

Contrary to the assumptions of the media, Anonymous is not simply "a group of super hackers". Anonymous is a collective of individuals united by an awareness that someone must do the right thing, that someone must bring light to the darkness, that someone must open the eyes of a public that has slumbered for far too long. Among our numbers you will find individuals from all walks of life - lawyers, parents, IT professionals, members of law enforcement, college students, veterinary technicians and more. Anonymous is everyone and everywhere. We have no leaders, no single entity directing us - only the collective outrage of individuals, guiding our hand in the current efforts to bring awareness.

(日本語訳)
メディアの思い込みとは違い、アノニマスとは単なるハッカーのグループの事ではありません。我々アノニマスは、正しいことをしなければいけない、暗闇に光をもたらさなければいけない、そして長い間眠ってきた大衆の目を開かなければいけない、という認識を持った個人の集団です。我々の中には、弁護士、親、IT専門家、警察職員、大学生、獣医など、あらゆる職業や年代の人々がいます。アノニマスとは全ての人です。そして我々はどこにでもいます。我々にはリーダーはおろか全体を指揮する者などいません。我々個人の激しい怒りのみが我々の行動を指揮をしているのです。


チャノロジーアノニマス日本では次のように説明しています。

日本の反サイエントロジー情報: チャノロジー・アノニマスへようこそ

私たちはアノニマスです。私たちの中には、弁護士、親、IT専門家、警察職員、大学生、獣医など、あらゆる職業や年代の人々がいます。「アノニマス」とは日本語で「名無し」と言う意味です。私たちのメンバーは名前も、顔も隠しているので、この名前を使っているのです。
なぜ私たちがそうするのか疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません。なぜならばその理由はまず最初に、「 アノニマス」として2chのようなシステムを使っているからです。実名を使わないので、自由に話すことができるからです。話す人より、話そのものの方が大切になるからです。 
次の理由は、私たちの安全のために名前も、顔も隠すことができるからです。坂本堤さんのように消えたく(消されたく)ありません。サイエントロジーの拡大を停止することができるまで、アイデンティティを守り通したいからです。
あなたもアノニマスになることができます。名前を公開する必要はありません。出来得るならば他の人にサイエ ントロジーの危険性を告知して欲しいと衷心より願っております。


また7月に公開されたチャノロジーYouTubeビデオではこう述べています。

アノニマス:チャノロジー、AnonOpsとサイエントロジーとの戦い

すでにご存知かと思いますが、マスコミが多くのアノニマスの「ハッキング事件」や「サイバー攻撃」について報告しているでしょう。
ですがマスコミは、アノニマスの本当の活動内容を知らないようです。まず、アノニマスは「ハッカー集団」ではありません。我々アノニマスは2008年に生まれた抗議共同体です。 「ハッキング」や「クラッキング」している部分的な人がいるけれど、それはアノニマスの全員ではない。ほとんどのアノニマスは、平和的に、そして合法的に言論の自由と情報の自由を守っています。

2008年に、アノニマスは危険なカルト宗教団体である「サイエントロジー」に抗議するために現れた。しかし、「ウィキリークス事件」の後に、いろんな新しいメンバーが別の目的に行動したがっていた。その「別の目的を持ったメンバー」がアノニマスを離れ、「AnonOps」という別の共同体を作りました。法的に、「サイエントロジー」を抗議したいメンバーは「チャノロジー」と呼ばれました。

我々アノニマス・ジャパンは「チャノロジー」ですので、ハッカー集団ではない。我々はただ合法的にそして平和的に「サイエントロジー」に抗議したい。


AntiSec以降の混乱した状況について、AnonyOpsという Anonymousの一人が先月こんなことを言っています。

Anonymous is not Unanimous.

Anonymous has a perception problem. Most people think we're a group of shadowy hackers. This is a fundamental flaw. Anonymous is *groups* of shadowy hackers, and herein lies the problem. Anonymous has done a lot of good in just the past 9 months. It has helped with other groups in providing aid to people on the ground in countries where "democracy" is a bad word.

The mainstream media needs to understand that Anonymous isn't unanimous. I've yet to see wide scale reporting make this distinction. A destructive minority is getting a majority of the press, while those of us who toil in the shadow doing good work for people at home and abroad go unthanked.

最初の部分を意訳すると「多くの人々は Anonymousのことを得体の知れない謎のハッカー集団と考えているようだ。しかしそうではない。Anonymousは得体の知れないハッカー集団の集団なのだ。」
Anonymousと一言でいっても、いろいろな人達、様々な活動がある、メディアはそれを理解していない、と批判しているようです。AnonyOps自身も、Webサイトに侵入して取得した個人情報を暴露する最近の流れについて、批判的なコメントをしています。


最後の最後に、日本で活動する Anonymousへのインタビュー記事も非常に参考になる内容です。「Anonymousとは何かよくわからない」という人にはぜひ読んでほしいと思います。

*1:Wikipediaやメディア等では 2003年からと言われているが、起源ははっきりしない。

*2:トムクルーズが出演するサイエントロジーのビデオが YouTubeにアップされメディアでも紹介されたが、サイエントロジーがこれらのメディアに圧力をかけて削除させようとし、これに Anonymousが反発した。

*3:この時のデモには、少くとも世界中の100の都市で7,000人が参加したと言われている。

*4:ここでは特にハッカーとクラッカーという用語は区別していない。